智が外海家に来てから数日後、倭達は少しずつだが確実に動きだしていた。

市外に位置する山中、木陰には数台のトラックが停まっている。
山中に響くのは銃を片手にした男達の声。
「殺さず捕えろよ。死んだら値が下る」
男の声に、近くの草影を捜しながら他の男も返した。
「一匹だけで億単位の金が動くからな」
「しかし何処に隠れてやがる…等々力さんもこの要員で魔族を捕まえろとは簡単に言ってくれる」
「仕方がないさ。能力者を雇えば早く済むだろうがWIZORDに気付かれる可能性が高くなる」
「まあ、俺達人間相手じゃあ魔族は攻撃なんぞ出来ないだろうからな」
「共存協定のお陰ってな」
口々に言いながら笑う男達の姿を、遥か頭上の崖から見下ろす一つの影。
能力者が居る事を想定し、気配を消し身を屈めながらその景色を見渡していた彼は、男の言葉に僅かながら警戒を解いた。
能力者はまだ送り込まれていない。

(確かに等々力グループみたいだな。金にもの言わせて人を動かしてるって所か…)
冷静な瞳のまま、ただ倭はその光景を見下ろしていた。
今はまだ、出て行って彼らを捕える事はしない。
仕事屋が動いていると伝われば等々力は全力で証拠湮滅にかかるだろう。
それでは意味がない。
今はただ、裏付けを取れればそれで良い。
(とりあえずは証拠は掴んだ。人間相手ならまだ少しの間は逃げていられるだろうけど
…あと少しだけ辛抱しててくれよ)
そのまま、静かに踵を返しその場を去って行く。
自分の仕事は、これからが本番なのだと小さく口の端を上げて…。


遠慮がちな音を立て開かれた居間の扉の方へ一度だけ目をやり、妃は溜息を吐く。

「あれ…えと……」
入ってきた智は、部屋を一通り見回してから、居間に妃しか居ないのを確認すると気まずそうに立ち止まってしまった。
愛想の良い倭に比べ、とっつき難い妃はどうも苦手だった。
何処がどう、と聞かれると困ってしまうが、何故か妃は自分を良く思って居ないように感じてしまう。

萎縮している智をさして気にすることなく、妃は動かない智に仕方なく言葉を放った。
「…倭なら仕事」
「… 今日も…?」
「そ」
「…妃さんは…?」
「役割分担てもんがあんだよ」
「…そっ、か…」
雑誌から目を放す事なく返される終始素っ気ない言葉に、智は気まずさを募らせる。
自分は何か彼の気に入らない事をしたのだろうかと、色々考えながら俯いていると、不意に紙束のパサ、という音が耳に入った。
音の方に顔を向けると、雑誌を机に置いてこちらを見つめる妃と目があう。

「それより、智」
「…え?」
初めて妃から話しかけられ、自分の名を呼ばれた事に顔中で驚きを表してしまった智に別段構うわけでもなく、ソファーから立ち上がる。
近くに置かれていた上着を手にとると、ドアの前で固まったままの智を振り返った。
「俺の分担。これから等々力のトコに乗り込みにいく事なんだけどさ。一応倭が証拠みつけてる筈だけど証言の為にお前も来てくれよ?どうせ一人で居るのも落ち着かないだろ??」
その言葉に、表情が明るさを取り戻す。
等々力グループに乗り込む…
やっと、仕事屋が動きだす。
これでやっと 皆を助けて貰えるのだ、と…。
「うん!」
喜びの表情で頷いた智を背後に感じながら、不敵な笑みを浮かべ上着を羽織りビルへと向かう。

 ―等々力グループに、囚われの魔族達…
さあ 楽しいゲームを始めようか…?―